日記

23歳の自閉症が淡々と自分語りするブログ。ただそれだけ。Twitter:@ghy303

貯金

僕は昔から金遣いが荒い。先月などはデータと物理媒体合わせて24枚のアルバムを買ってしまった。冗談や話を盛っていやしない。

でまあこれはいけないなと自分なりに考えた結果通帳に入れておくことにした。前からバイト代や食費として貰った金を節約したものを入れていたのだが、不思議なことにそっちはあまり手を出さなかった。

多分、一回引き落とししないとい、手元にないというのが結構壁になるらしくどうやら大丈夫そうではある。少なくとも以前から入れいた金に関してはだけど。

ちなみに今日は自分を追い詰めるために諭吉と樋口を一人ずつ入れてきた。

まあ物欲バーストが出てしまった時は財布の中にあるのでなんとかやりくりするとしよう。

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メンタルが暗くなった話

今音楽を聴きながら書いている。音楽を聴きながら何かをするのは非常に心地いい。勉強しながら音楽をすると効率が悪いと言われても僕はそれをやめなかった。

将来のことを考えると気分が重くなる。同期からも後輩からも1年ごとに抜かれていく。それを考えるととても苦しくなった。たった1つ狂うだけでこうも狂うのかと思った。

もう1つは今休学するかどうかの瀬戸際ということ。今大学をほっぽり出して社会に出るのはとてもじゃないが無理だと思う。そしてやりたいこともないしなりたい自分もない。

今日は自己肯定感を高めるために自分がやったことをノートに書いたがこれをやっていくと何かやりたいことも見つかるのだろうか。まあそんなことはなくてもやるけど。

そもそも大学に戻って何か勉強したいとも思わない。結局は社会に出るのが怖いからモラトリアムが欲しいだけではないのかととも思う。

もし鬱が寛解したらそんなことも思わなくなるのだろうか。いや流されていく方が楽だし人生流されていくしかないとは思ってるけど。

あーうー

今日はほんとにダメな日で頓服(メイラックスソラナックス)を飲んでなんとか横になって落ち着いてる状況。

まあこういう状況で辛い辛いと言っても仕方ない。ので、今日は妄想アンド願望を描きたい。

僕は昔からある願望があって、それというのも猫を3匹ぐらい飼ってどこか綺麗な異国で音楽を作って暮らすというものでまーあ幼稚な夢というか世迷い言というか…もっと堅実な夢を持つべきべきとは思うのだが、今の所なりたいものもないし、就ける仕事があるのかどうかもわからない。だからこんな夢を持ってしまう。

猫の名前はペトロニウス(愛称でピート)課長、現ちゃんって名前にしたい。

 

とりあえず今はさっさと体調を整えてまた音楽ができるかどうかわからないがやりたい。学校なんかより今はそっちの方が生きる希望だしと言いたいが結局はこんなだから色々と勉強をしていかないといけないのだろうなと思う。

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まあそういうなって

以前はこのブログ、1日に3記事も更新していたりもしたが今は不定期更新になっている。

いやまあそれだけ辛みが減ったからいいのかもしれないが。

とりあえず今日感じた辛みを書く。

前々から徒然草の中に要約すると人は二度死ぬ。一度は普通の死。二度目は忘れ去られた時、と書いてある節がある。実際のところこの一節を知ったのは僕が高校時代に古文を勉強していた時でまだ徒然草は読んだことがない。今度買って読もう。

話が逸れた。本当にその通りだと思う。人は二度死ぬというのは。で、僕は二度目の死の方がとても辛いように思われる。

今まで必死に生きてきたのに誰からも忘れ去られたなんて悲しすぎやしないか。

これに対してドストエフスキーは白痴の中で人の言葉には伝えられた言葉が心に残るものがあり、それが連綿とつたえられることによって間接的に生きながらえるというか忘れられないとのこと。

まあこっちも正しいし僕もそう思いたいけどそういうわけにはいかない。

今日はどうせ何をやっても生きた証は残せやしないまますっと透明人間みたいに死んでいって忘れられるんだろうなって思った。

今はただただ貴重な時間が浪費されていく気がしてならない。僕も何かを残したい。

思考を吐き出す

昨日は寝る前が散々だった。まあ処方されてる薬を全部飲んでるから大概の日が散々と言えるが。

寝る前に色々考えてしまった。自分が思い描いていた人生と今の人生がかけ離れているのを。

自分が勝手に考えている(まあ少なくとも自分が通ってる大学には僕みたいに薬を飲んでなんとか通ってる人は事実少ないだろうが)普通の人たちとどうしてこうも違うのかと、長い間しなかったしても仕方ない比較をしてしまった。

もはや同級生はおろか、年下の人々にすら置いてけぼりを食らっている。

そして自分の限界。色々と考えてしまって眠剤を飲んでもいつもなら起きていないような時間まで眠ることができなかった。

気晴らしか、能力があればいいのになと。

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お医者様に気晴らしをしろと言われて思い浮かばなかった回

昨日メイラックスが効かないと苦言を呈しに医者に行ったついでに言いたいことを書いて見せに行った。

自分の居場所がどこにもないように思われる。

どうしても腹を割って話せない。

後悔する時が来るのが怖い。

死んでしまったほうがマシに思える反面死んでしまったら何にもならないと思う。

抑鬱がひどい反面攻撃的になってしまう時がある。

両親があまり好きでない。

小学生の頃やいじめられた時のことを考えてしまう。

自分を認められないのが辛い。

今まで無理をしてきたことに気がついた。
だから自分の無理のないように生きていった方がいいと思うけど理想を下げていくのが辛い。

入院について聞きたいです。

これがそれ。ちなみに隣には父がいた。何故か知らないが。

でまああーでもないこーでもないと話して気晴らしをしろと言われて何かあるだろうと聞かれたらとっさに思い浮かばなかった。

気晴らし、気晴らしとはなんだろう。

いや、正確にいうととっさに作曲が思い浮かんだが、これは違うなと思ってしまった。

下手くそなりにエネルギーが必要なので気晴らしというよりは別の何か、そんな気がしたから。だから気晴らしとはなんだろうかと思ってしまった。

結局答えることができずにとりあえず入院の必要なし、コミュニケーションをとって段々と向上させていく、気分が落ち込んだら歩け、あとエビリファイ1mg追加、これが要点になった。

特別に割り込ませてもらっておいてなんだが、1時間も待った結果がこれか、と思ってしまった。そもそも前日にもまた両親と不毛な話し合いがあったのでひどく疲れた。

最近気がついてしまったのだが、おそらく僕は両親があまり好きでない。

まーあそれには色々あるだろうけど幼少期から仕事人間だった父、そして過干渉かつヒステリカルだった母。

父のことのついてはまあ昔から接触がなかったのでエピソードとしては挙げることはすくない。が、問題は母だ。

昔から学校に行きたがらない僕をなんとか学校に行かせようとしてそれに応じなかった上に親族とのイザコザもあった。それに父が仕事人間だったのでほとんど一人で僕と兄を育てたようなものだ。

だからまあそんなわけで夫婦喧嘩もしょっちゅうでそれに対するとばっちりもたくさんあった。無視もされたし、自分の子ではないと言われたりもした。

正直言って、小学生の頃ずっと母が怖かった。いつ怒鳴られるのかわからなかったから。

時は流れて高校生。それからも色々あった。高校に馴染めないことや問題があればまず対処法よりもおまえが小学中学と不登校だったからいけないと頭ごなしに否定された。

いじめられた時も父は冷徹だった。母も相手の気持ちを考えろ。それに尽きる。話しても無駄だった。今考えると。

僕としてはいじめられたことやアスペルガーなのは別に両親に問題があるとは思ってないし、好きでこんな風に産んだとも思ってはいない。

けど、確かに母が言うように冷たいことや否定(あくまで僕が感じてる)されても一緒に考えてきたとはいえもっと言い方や接し方を考えて欲しかった。そしてこのことを言うと難しいと苛立った声で一蹴される。

そんなわけでもはや両親に精神的な面では頼る、と言うか期待はしていない。この前どうにも両親と話がしたく話したが、ありゃ単なる癇癪で何か救いを求めたわけじゃない。