読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日記

23歳の自閉症が淡々と自分語りするブログ。ただそれだけ。Twitter:@ghy303

自信についてその6

今日で、最後に曲を作ってから一ヶ月と二日経った。昨日時間があったから作ろうと思ったのだが、急に俗に言うメンガヘラルドしたので、僕は薬と眠剤を飲んで眠りについた。

で、この記事を書いてる本当にちょっと前に学校で行ってもらってるカウンセリング(とは言ってもガス抜きといったほうが正確か)を終えたのだが、そこで僕はここ一ヶ月曲ができないこと言った。

話の流れとしては、この前主治医にこの前借りた本に自閉症は英語の単語とか年号の覚えが得意だそうですねと言ったら事実多いらしく、それを武器に生きていけばいいのではと言われた。だが僕は別に英語なんか好きじゃないし、と言うよりはもう熱意がない、そもそも発達障害は健常者より優れているとか言うあの馬鹿げた風説が僕にも適応するならば、だ。なぜ僕は模試で偏差値70オーバーしなかったのか?(いつも偏差値62だった)そもそも僕は優れてると言うよりは努力で補正してきたつもりだ。英語だって事実僕は最初は受動態や進行形でつまづいた。それにリスニングだって和訳だって英文をかけとか言われてもどれも苦手だ。これらを踏まえるとただ単語の覚えが上手いだけで他は健常者以下のポンコツで、努力した結果健常者以上になっただけで才能もヘチマもない。で、英語がもう好きじゃないって職員さんに言ったらすごく驚かれた。

で、僕が言いたいことはここからだ。

英語はまあ得意じゃなかったとしても、記憶面が優れていたという事実は確かだからそれを応用して文法とかも覚えて英語長文も何千回と読んだ結果得意と第三者から言われるレベルには到達したが、結局のところそれは記憶面が優れているからだ。

で、音楽だ。僕はそりゃ確かになんとか理論を覚えて作曲することに成功したわけだが、根本のところでは向いてないって思う。これは英語みたいに体系づけて説明ができないのが悔しいが、おそらく事実だと思う。しかももう熱意がないのかもしれない。僕は才能云々の前に楽しんでるやつの方が向いてるって価値観で話すが、僕は作り始めの頃はひどい曲ばかり作っていたが、それでも楽しかった。今はそういうのはない。確かに楽しいのだが、ただ作ってるだけで楽しいって感覚がないんだ。だからもう僕はそもそも適性がない上に熱意もないのではこれはもはや向いていないのではないのではということを話してきた。

まあそりゃ1年間作れなかった時期もあって、6〜9月の間作れていたのは神の思し召しでまたスランプに入ったのかもしれない。僕もできればそう思いたい。

本当は作れるけど今はそういう時期ではないってだけで。

しかし明日からどう生きていけばいいのだろう。音楽は僕のアイデンティティだ。だからそれがなくなったらまた虚無感がひどくなってしまう。それに今持ってる機材たちがかわいそうだ。僕の家はそうでなくても埃でいっぱいなのに起動さえもさせらてあげられないとは。

本当に音楽がやりたいのだが、またこの苦しみを味わなければいけないとは。去年は学校がなかったからよかった。今年はまだいいとして来年が問題だ。英語も勉強しないといけないしそろそろ対人関係もこなさないといけない。そうなるとシェルターなしだ。本当にどうすればいいのか。