日記

23歳の自閉症が淡々と自分語りするブログ。ただそれだけ。Twitter:@ghy303

発達障害についてその5

以前自閉症スペクトラムの本を読んで、恐ろしいというか奇妙なエピソードに出くわしたことがある。こんな話だ。

ある女性がそれまで親しかった上司に仕事上のミスで叱責されてしまい、それ以来その上司が人ではなく物に見える、とのこと。

このエピソードを見ておいおい火の鳥か?って思ったが、気がついた。僕にもある。それらしい傾向が。

例えば、人が障害物に思える(これはぼっちあるあるかもしれないが)声が単なるノイズにしか聴こえない。関心のない人の名前が覚えられない。ただ、この人はあそこの人ここの人と言った風にしか覚えられない。頑張って覚えることもできるが、その名前を覚えることに意味がなくなったら本当に要らないゴミを捨てるが如くその情報が消えて行く。おそらく高校時代の友人の名前を覚えてないのもこれが原因になるのかもしれない。

ワーキングメモリーもそれほどよくもないしおそらく人と喋る時間があまりないので劣化もしているだろう。だから一層名前を覚えることが困難になるだろう。

よく自閉症スペクトラムの俗にいうアスペルガーは、特定の記号とか数字を覚えるのが得意というが僕にはない。が、確かに人の名前よりは、数字や単語になっていないアルファベットの羅列とかの方が好きではある。これまた覚えられないが。ちなみに歌詞も覚えられない。音痴なのはこれが原因かもしれない。やはりAutismにはエレクトロニカか。

あと最近気がついたのだが、僕は本質的にどうも高校時代のいじめによって他者=自分に危害を加える物でしかないという思考を刷り込まれたらしい。

僕はいじめを受けた当初、例えば本屋、本屋に行って僕が欲しい本のコーナーに行って僕と同い年ぐらいの人間がいたらその人間たちが離れるまで本を手に取ることができなかった。

電車も人の声が怖くて大音量でエレクトロニカを聴いていた。ちなみに当時はVenetian Snaresを聴いていたものだ。彼の音楽は音圧が違う上高速ブレイクビーツ、これ以上耳栓になるものはなかった。もしかしたら、音漏れしていたかもしれない。いけないか?

まあ今はマシにはなったが本質的なところ、他者は自分にとって有害っていう思考はまだまだ根付いてる。