自殺についてその4

僕が今までで一番書籍購入の中で一番の無駄使いをしたのはあの本を買った時だろう。完全自殺マニュアル。去年の冬ごろ、一番頭がおかしかった頃に買ったが今結局数ページ読んだだけで部屋に転がってる。捨ててしまおうか。

昨日の晩(正確には今日の夜中)突如死にたみが襲ってきて、この前の自殺未遂以来薬を全て巻き上げられた。まあなんとかソラナックス二錠を見つけることができて落ち着いて眠れたが、寝たのが2時ごろでそのせいかいつも以上に睡眠の質が悪くて体の節々が痛い。なんとかバイトはこなせたから良かったが。

その後にいつものごとく職員さんに話を聞いてもらって、僕が自殺未遂したこととキレたことと入院を打診されたことを伝えた。

まあどうやらいつものことだが最近以前より一層綱渡り感覚で生きてるのだなと話しながら思った。じゃなければあの時自殺しようとしたのはそれが最善の策だったなんて言葉も出てくるまい。入院を打診されたと伝えてながらそこで意思が形成されてその結果入院をするような状況なのは理解したが、できれば入院なんかしたくないし、するにしたとしても今学期を終えてからにしたいという話で終わった。

いやしかし、最近本当に自分が前以上に言動がフラフラしている。虚無ではない。虚無ではないのだ。

ところで昨日のようやく9日かけて読み終わったマイケル・サンデル氏のこれからの正義の話をしようで知ったことだが、あの本はそもそも聞いたことがあるかもしれないが、トロッコ問題を皮切りに、様々な哲学をあーでもないこーでもないと論じる本だが、トロッコ問題というのはトロッコの行く先に5人の人が集まってる、もう一方では1人がという話でどちらをとるかという話だが、あの本ではサンデル氏が独自に取り入れたのかしれないが、トロッコの行く先を止められるほどの巨漢の男が橋の上か何かにいてその横に人が1人いてその巨漢を落とせば解決するだろうというのだが、サンデル氏曰くこれは道徳的にまずいらしい。5人か1人かというのは迫られた選択の中で仕方なくという話で、その巨漢を落としてトロッコを止めるというのはそれを選んだから、つまり意図的に蹴り落としたから道徳的にまずいらしい。

なんでこんなことを書いたかというと前回バイトに行った時に職員さんに今読み始めてこういう話なんですと言って読んだら教えてねということを帰り道思い出した。なぜいつもこううまくいかないのか。

道徳的、それから想起するのだが、僕はこれまた以前、ヘルマンヘッセの地獄は克服できるという本を読んだ。そこでまあ俗にいうメンがヘラる、死にたみ、鬱状態をヘッセ氏が説明しているのだが、まあ早い話が何回たってもそういうのにはなれないけど乗り切れるのは知ってるから頑張ろうねってことで後どーしても嫌ならピストルを打って死ねばいいじゃないかっていう過激なことを書いてあったがその通りだと思う。

僕は自分が決めたのなら別に道徳的にとかどーとかこーとか関係なく別に耐えきれないなら死んでもいいじゃないかって思う。みんなそういうのを言うには憚られるのだから入院だの仕事をやめたらとか言うが実際のところそこまで頭が回る人は追い詰められることはないのではないのだろうか。まあ僕も結局死んでないってことはどうやらまだ頭が回るらしい。

しかし明日になったらどうだろう。死んでしまってるかもしれない。いけないか?

まあどうせ何も変わらないしこうやって書くだけ信用は落ちてく一方だがそれでもいいじゃないか。